ひきこもりアラフィフミニマリストの実態

寝てる状態メインの、病気&障がい持ち独身ミニマリストの日々。うさぎのむっちゃんと暮らしてます。

【いじめ】そうだ、死のう【虐待】【機能不全家族】

 

中2(13歳)の時の話です

はじめて死ぬことを

考え

決めました 

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グレたり(死語?)

他者に暴力をふるったり

外側に影響がでる子と

 

自傷したり自殺したりと

自分にあれこれする子と

両方を兼ねるタイプと

いる気がします

 

私は自罰的なタイプでした。

 

私の家では、

学校は必ず行くもの

でした

 

母は

私が熱を出して

学校を休まぜるをえない時でさえ

あからさまに不機嫌でした

 

「学校に行きたくない」「休みたい」とは

口が裂けても言えない環境でした

 

そもそも

どんなにいじめられても

これらを言うことは

思いつきもしませんでした

 
インターネットも

スマホも携帯電話もない時代

相談相手はいませんでした


誰かに相談したところで

私の支配権は親が握っているし

結局何も変わらなかったでしょう

 

学校が爆発して

クラスの全員が死んだりしない限り

このままの日々が

続くだろうと思いました


夏休み前

自殺すると決めました

 

いつも夏休みになるまえに

夏休みの宿題を終えてから

すごすのですが

 

死ぬのだから

やる必要がないので

まったくやりませんでした

 

その年の夏休み

生まれてから

記憶の限りを

大学ノートにつづっていきました

 

幼稚園からその日まで

されてきたこと

言われてきたこと

先生たちの対応

近所での出来事を

 

夏休みが終わるころ

60ページの大学ノートは

5冊分になりました

 

表紙と背表紙にタイトルを書き

勉強机におさめました

 

もしできるなら

私をいじめた人達全員を

殺したい

 

でもできるはずがない

私には体力がない

武器も武器を買うお金もないし

相手の人数も多すぎる

 

もしできたとしても

殺人という大悪事をすれば

他人は私を悪者にして

私をいじめた人達の味方をするだろう

そう思いました

 

それに

私が死んでも

悲しむ人はいないだろう

 

親は

毎日私の名前を怒鳴りながら

喧嘩している

あれができない

ここがよくない

とばかりいう

 

友達も

私以外にも友達がいる

家族もいる

わたしがいなくても

困らない 

 

私は

誰にも必要とされていない


13歳、9月1日

2学期

始業式の朝

いつも通りに家を出ました


家には

踏み台として使っている

古い椅子がありました

 

持ち出して

マンションの階段の踊り場の

壁際におきました


荷物を置き

靴を履いたまま

椅子の上に立ちました

 

ちょっと身を乗り出せば

コンクリートの広い地面があるので

死ぬだろうと思いました

 

でも

結局怖くてできませんでした

 

何度も何度も

椅子に登っては

下を見下ろしました 

 

数えきれないほど

いじめられてるのに

たった一度

死ぬ勇気がでない 

 情けなくて

悔しかったです

 
学校に行ったふりをして 

帰宅しました

 

翌日もその翌日も

学校に行ったふりをし

飛び降りようとして

できず

帰宅しました


3日目の夜

担任の先生から

私が学校に来ていないと

母に電話がきました

 

母は父に知らせました

 

父は私の部屋に踏み込んできて

拳骨で私の頬を殴りました

 

椅子に座っていた私は

コンクリートの壁に

反対の顔面をぶつけ

もんどりうって

転倒しました

 

殺されると思って

四つん這いで

トイレに逃げ込みました

 

いじめられても絶対に

泣かない私ですが

トイレで私は泣きました

泣くことは恥だから

誰にも見せませんでした

  

本当のことを言えない自分

私を心配するのではなく

学校に行かなかったことを

暴力で責める親

そんな親子関係

情けなさ、冷たさ、悲しさに

涙があふれてきました


翌日から

学校に行きました

 

学校は行きたくないけれど

家では殺される恐怖がある

 

学校では少なくとも

殺されると感じたことは

ありませんでした

だから行きました

 

学校も親も大嫌いでした

 

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