ミニマリストうさぎの備忘録

楽をするためミニマリストになった障がい・病気持ちの独女。愛うさぎと難病の友人に残りの時間を使います。

ミニマリストになるまでの私のファッション史

30歳近くまで無頓着

 先入観がない・知識がないということは、怖いもの知らずです。なんでもありなのです。誰も指摘してくれません。陰で笑うだけです。当時はよく笑われて、私はなぜ人が笑うのかわからず、理由を直接訊ねても答えてもらえず、ひどい人達が世の中には多いと嘆いていました。しかし、私にもかなり原因があったとわかりました。滑稽だったな~と今でこそ笑える画像を公開します。

 

子ども時代

 過去記事「18歳まではミニマリストだった。もう一度、あの頃のように。  」にも書きましたが、子ども時代は、母の服の仕立て直しや近所のお姉さんのお下がり、友達からのいただき物(中古)を着ていました。メディアから遮断されていたため、芸能人やCMや流行を知らず、そのため興味もわかず、欲しい気持ちもありませんでした。商品の情報が乏しければ欲望も刺激されません。小6の時、着なくなった服をよくくれた友達に、「あなたの性格を一言でいうと、『ケチ』」と言われた思い出があります(笑)。当時はわからなかったのですが、今振り返ると、なるほどと思います。ファッション以外にも、基本的にお金を使わない子どもだったので、オシャレが好きで服を買うのを楽しみにしていた彼女からみると、けちけちして見えたことでしょう。(それだけではないでしょうけど)

アルバムを断捨離したので写真はありません。

usahouse.hateblo.jp

 

登山靴で駆け抜けたメチャクチャコーデの20代(メンズ服時代)

20代になっても一張羅が多かったです。コートは18歳の時に買った一張羅を30歳近くまで着ました。デニムジャケットは高校生時代に買った物の肩が色あせて穴が開くまで着てから次を買いました。デニムパンツも常に一本だけで、冬はタイツを2枚はいてしのいでました。膝の生地が色褪せ、薄くなって擦り切れて、その穴から膝が出るまで穿いて、替わりを買いました。靴も手持ちは常に一足で、最初は黒ローファーでした。靴底から雨水がしみてくるようになると次はキャメルの靴に買い替えました。その次は、立ち仕事なのでより歩きやすい登山靴に買い替えました。違うものを着たくなったり、必要な時は、父親の着ない服や友人からのいただきもののを着て、ダメになると西友やスーパーの衣料品売り場で買い、まれにバンドTシャツ。好きな色はありましたが、ファッションにはほぼ関心がなく、知識もなかったので、自分としてはおかしくないと思って合わせていたのですが、サイズも色もバラバラでした。派手な色彩が好きでした。

 

 20代、オシャレしたつもり(ましな方) 

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18歳から10年近く着た一張羅コート、膝が白くなりつつある一張羅のデニムパンツ、ヒールローファー、母から借りたスカーフを身に着けています。オシャレしたつもりですが、頭はプリンヘアです。写っていませんが、トップスは次の画像のアウトドア用メンズシャツを着ています。

 
20代、登山時の服装

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写真が色褪せてしまい、色彩がお伝え出来ないのが残念です。服装は、一張羅のデニムパンツ(サイズ合ってません)、アウトドア用のメンズ長袖シャツ(深緑×ベージュのチェック柄。襟もとはレースアップ。サイズ合ってません)、KEITHのベスト(青地にピンクの花柄)。普段から履いてる登山靴。 登山と言っても数日間の一人旅の間に登ってみたという意識でした。バックパックも背負わずに、ナイロンの900円くらいのミニリュック(赤)を持って行っただけでした。クライマーさんには怒られそうないでたちです。写真を撮る時に脱ぎましたが、パイル地の黄緑色の帽子もかぶってました。

この合わせ方が一番、とんでもなかったな~と記事を書きながら感じました。画像には残っていませんが、アリスバーリーの花柄のベストに、登山靴という組み合わせもしてました。うーん、チンドン屋ですね。

 

20代、夏の服装 

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20代後半の頃です。サイパン土産のTシャツ(「サイパン」と大きく書かれています)、長崎屋で買ったデニムのハーフパンツ、ビーズのネックレス。プリンヘア。大学の講座をとっていて、この服装で通ってました。知識を得ることにしか興味がなかったので、美容院は一年以上行かないのがザラ。伸びっぱなしのプリンヘアに、色あせた服。それが当たり前でした。今見ると、ただのだらしない人という印象ですね。

 

20代の証明写真
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冬の服装は、このころからタートルネックで通していました。着ているものは、だいぶフェルト化が進んだメンズゴルフウェアのニット(群青色)に、ミセスショップで購入したタートルニット(赤)の重ね着。メンズニットはさらに縮んで着られなくなるサイズになるまで着ました。ウール100%でしたが洗濯機で洗っていて、大きすぎて最初はヒップを覆うくらいの丈があったのが、最後にはおへそが見えるくらいの丈になってました。タートルニットはタートル部分と身ごろ部分の間が裂けてくると買い替えました。

この証明写真の私、肩幅が狭くて枯れ木のような体型なのに、この服装だと、肩幅があってがっしりとした分厚い胸板の人に見えます(笑)。首もますます短く見えますね。大きすぎるメンズニットの中に、さらにニット、それもタートルニットを着ると、ガリガリ体型もごつく見えてしまうことがある例です。自分で見ても、20代の女性には見えません。50代くらいに見えてしまうかも。

 

手持ちのファッションアイテムが少なく、活用していた期間が長いので、今でもそれぞれどこで、いつ買ったか、最後はどうなったかを思い出すことができます。でも、愛着があったわけではなく、服は着るものに過ぎませんでした。服が好きになり、欲しいと思い、着ているのが楽しいと思うようになったのは、30歳以降です。それからは、大量消費するようになりました。

 

ファッション最優先時代(30歳~)  

おそるおそるおしゃれを始め、やがて過去の分まで取り戻そうとするかのように次々服を買っては着て処分するようになりました。スカートもはじめてお金を出してまともなものを買いました。ファッション雑誌を読み、最初はOLファッションに挑戦。若い頃に着られなかったものを着たくなり、ガーリーファッション・ロリィタファッションに夢中になりました。非常識なことはしていないつもりでしたが、ガーリーなファッションは見た目年齢との落差がありました。ロリィタファッションは、OLファッションやガーリーファッションと比べると、ただでさえ少数派で周囲の眼は厳しいものでしたが、着ている本人の見た目年齢との落差が大きいので、ぎょっとされたこともありました。ファッションが原因で、ダメになった人間関係もありました。 人間関係よりも自分のファッション欲を優先させた時期でした。自分の好みや似合う服に気づいてからは、お金を使うように。同時に、年齢的な焦りもあり、「今着ないとますます似合わなくなる」と、どんどん買ってしまう買い物依存症に。借金はしないまでも、自分の行為に疑問を持ち、最終的に解決のため、買い物依存症克服のワークショップに通うようになりました。

 

OLファッション時代 

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左:中古のトレンチコート(白)、ef-deのパンツ(黒)、卑弥呼のパンプス(スモーキーピンク)。

右:全身黒スタイル。

 

ガーリーファッション時代

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Rebecca TaylorCynthia Rowleyaxes femmeの服をよく着ていました。クローゼットの服がピンクだけという時期もあったほどピンクが好きでした。でも、ピンクコーデの画像は残っていませんでした。秋冬はボルドーも着ました。画像は一番右以外すべてアクシーズファム着用。一番右は、アクシーズファムのジャケットの下に、アンジェリックプリティ(ロリィタブランド)のジャンパースカートと、アクシーズファムのカットソーを着ています。

 

ロリィタファッション時代 

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クラシカルロリィタブランドの、Victorian maidenInnocent Worldの服をよく着ていました。枯れ木の様な体型が生かせることが嬉しかったです。ピンクをメインにボルドー、赤、グレー、白、黒を着用。

 

ファッションは手段に過ぎない。大事なのはそれを着て何をするか 

ある出来事で、おしゃれより大事なものがあるとあると気づき、ロリィタファッション&ガーリー系を卒業。カジュアル系・モード系などをさまよった後、ナチュラル系が好きになる。このころから、リサイクルショップで服を買うようになりました。試行錯誤の末、モードな要素や光沢を取り入れたナチュラルなファッションに落ち着きました。

 

2年前、断捨離を始め、ミニマリストの生き方を取り入れることにしました。

さらに、ファッションは最終目標ではないと気づきました。気づくというよりは目覚めたと言う方が的確かもしれません。詳しくは「18歳まではミニマリストだった。もう一度、あの頃のように。  」に書いています。

ファッションは、自分の好みやオシャレよりも、機動性(すぐ動ける。動作をじゃましにくい服であること)や快適性(着ていて楽、不快でないこと)、汎用性(外出着にも部屋着にも、あわよくばパジャマにもなること)等を優先することに決めました。

 

現在の私 

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MUJIのフード付コート、モンベルのシャツ、ウール混パンツ着用。メインカラーはライトグレーと白。サブカラーはシルバー。

 

過去のファッションを見ると、私自身がわかりやすく表れていると思います。自分に無頓着な、だらしない、セルフネグレクト気味な自分、こだわりが強い自分。自己顕示欲の強さ。服装は「自分はこういう人間です」と訴えてくることを今にして感じました(遅)。

 

ブログを書き始めたのは、先月からなので、断捨離をはじめて二年たち、ミニマリスト化が一段落してからです。過去を記事にすることで俯瞰出来た気がします。また、こういうミニマリストもいるという例として、公開することに意味があるかもしれないと思いました。

 

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