ひきこもりアラフィフミニマリストの実態

寝てる状態メインの、病気&障がい持ち独身ミニマリストの日々。

18歳まではミニマリストだった【毒親】|ファッションは手段である

 

モノを買ってもらわないのが普通

私の家では、テレビは父親の物でした。

テレビ番組は父親が許可したNHKニュースか教育番組のみで、

父親がいる時間帯以外は、コード等の接続が外されていて、

テレビ番組を見ることはできませんでした。

我が家ではマンガも雑誌もテレビも禁止でした。

学校のクラスメートたちは、

テレビを普通に見ていましたから、

学校での話題はテレビ番組やアイドルの話題が多かったように思います。

私は話題に入れず浮いていました。 

 

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 また、我が家は、基本的に子ども用にモノを買わない方針でした。

服は近所のお姉さんのお下がりか、母親の服を仕立て直したものでした。

おもちゃも、リカちゃん人形などを持っている子もいましたが、

私は、落ちている空き缶を人形に見立てて、

ポカリスエットちゃん」「ファンタグレープちゃん」などと

名前をつけて遊んでいました。

当時は空き缶が道端によく落ちていて、

分別収集もされておらず、

街角のゴミ箱にあらゆるものが捨てられていました。

ゴミ捨て場にあった、きれいにみえるぬいぐるみを見つけると、

持って帰ってきたりもしてましたし、

廃品回収用に紐でしばったマンガ雑誌が外に出されていると、

持って帰ってきて読んだりしてました。

見慣れないものが部屋にあるのを見つけた親には、

捨ててくるように言われましたが、

人形やマンガを買ってもらえないのが普通の私には、

宝の山に見えました。

今思えば、処分用に外に出されているとは

いえいけないことだったんですけど。

どうせ捨ててるんだからもらってもいいよね?と思ってました。

拾ってきた人形やマンガ雑誌は、長く大事にとっておきました。

 

 このように、買ってもらわないのが当たり前すぎたので、

「これ欲しい」「あれ買って」等親に要求したことがありません。

「あれ買ってー」と泣いて親にねだっている子どもを見ると、

当時も今も驚くばかりです。

最低限の学用品は買ってもらえましたし、

テレビやステレオやビデオデッキやラジカセは

普通に家にあったので(父親専用でしたが)、

家にお金がなかったのではなく、

単に子どもにお金をにかけない家だったのだと思います。

周りの子の多くは小学生時代から

学習塾に通ったり家庭教師に勉強をならっていましたが、

我が家はそれもなく。(もともと習いたくなかったのもありますが)

一年間限定で習わせてもらったピアノの発表会でも、

ドレスや特別な服を着て演奏する子たちの中で、普段着姿でした。

七五三や成人式でも着物を着たことはありません。

アルバイト禁止の高校で、受験勉強に必死なので、

学生時代にアルバイトを考えたことがなかったせいもあります。

バブルの時代も、同世代の友達は謳歌していたようですが、

質素倹約生活をしていた私には無関係でした。

 

一張羅のアウターを着倒していた

若い頃の私です。

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10年間近く着た一張羅のコート。一本だけのデニムパンツに、プリンヘアというスタイル。スカーフは防寒用に母親に借りたもの。

 

 そんな私だったので、

モノを買うとか持つことには

興味がほとんどありませんでした。

ランドセルや学校の制服やジャージのような、

最低限与えられたものを、とても大事にしました。

ジャージは学校卒業後も、部屋着として活躍してくれました。

高校生の時のアウターは、デニムジャケット1着のみ。

その一張羅を、プライベートでも学校でも着て、

20代になっても色が褪せて穴が開いてダメになるまで着ました。

コートをはじめて買ったのは、18歳の時です。

70%オフになっていた1万円以下のコート。

その1着を、30歳手前まで、10年間近く着ました。

裏地に穴が開くまで着て、穴があいたらツギを当ててきて、

ツギが裂けるまで着ました。

当然というか、トレンドとはかけ離れていました。

おしゃれかどうかといえば、完全にダサかったです。

でも、当時は、そんなことはどうでもよかったのです。

私にはお金がなく、お金をかけるべきは、内面だったので。

ただ、年頃の女の子だったので、

容姿が今一つでダサい私には、

若い人・・・とくに男性は、とても冷たかったです。

「人は中身だ。私に冷たい人がいるのは、私のせいではなく、その人に原因がある」と若い私は信じていました。

ずっとのちに、

人は見た目が9割』という本を読んで、

さもありなん、と納得しました。

 

中年になってからファッションにお金をかけだした

物欲に目覚めたのは、中年になってからです。

といっても、今思えば、私の磨いた内面自体が、偏っていたのですけど。

内面だけ磨いても、外見が悪ければ、

内面を見てもらうまでに至らないから、損をしている。

そう思って、年齢相応の、

一般的なオシャレといわれる人たちのような容姿を目指して、

ヘアスタイルを整えたり、メイクを工夫したり、

ファッションアイテムを買いそろえて

コーディネートするようになりました。

今までお金を使うことに興味がなかったので、

何を買おうかと考えることもなかったのです。

収入は親に支払う分以外、

ほぼ貯金されていたのですが、

どんどん出ていくようになりました。

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最初の頃は、年が近い

オシャレなブティックの販売員に、

店に入っても挨拶さえされなかったのが

(買ってくれるような人に見えなかったからだと思います)、

普通に挨拶してくれるようになり、

それで気分良くなりました。

男やオカマに間違えられるくらいの容姿だった私としては、

それですら嬉しかったんです。

サイズの合う服のおいてあるショップに

頻繁におカネを落とす客になって

「店員さんと会話を楽しんだ♪」なんて、

ダサくて貧乏な男女から、

普通のオシャレな女性になった気がすると

テンション上がってました。

 

断捨離開始、でもファッションは人生の目的の一つだった

 外見が中途半端にオシャレしている女性っぽくなったものの、

病気は相変わらずでむしろ悪化し、

出会い系サイトに登録するも結婚できず、

そうこうするうちに自分が

閉経間近の更年期障害に悩まされるようになり・・・。

どうも、もうすぐ女として終わりみたいよ?

(当時の私がパートナーがいない私が男性との相違点が一つへってしまう。出産の可能性がなくなるという意味です。更年期や閉経後の女性全般が女として終わりという意味ではありません。この表現で傷ついた方がいらっしゃったら申し訳ありません)

でもパートナーいないし誰も見てないし。

それより、病気とか、人生の最後、

せめて迷惑最小限にして去っていけるように、

やれることやって終わろうよ。

それまでは、何かあった時に迷惑できるだけかけないように、

余計なもの減らそうよ。

と思ったのが、

断捨離をはじめたきっかけでした。

 

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ファッションは誰かのために生きる手段になった

 自分の人生にけりをつけ、

残る時間を有意義に過ごす。

そんなことを考えているときに、

友人が難病になりました。

難病。つまり、原因不明、完治方法はなし。一生なおらない。

それで、自分のためだけに生きてきた私も、

人のためにちょっとでも生きてみないか?と思ったのです。

今までずっと、自分を向上させるため、自分が幸せになるため・・・と

自分中心に生きてきた私。

誰かの妻や母でもないので、

とことん自分優先で生きてきました。

友人と愛うさぎのための時間はお金にも代えられず、

いつ終了するかわからないものです。

お金や手間をかけても所有することができません。

服やお気に入りグッズのように、

取っておくことができないのです。

断捨離をすすめていた私は、

ファッションの方向性を変えました。

自分の好みや自分の快適さ最優先から、機動性優先へ。

できるだけはやく行動できるためのファッションです。

素敵な服はいまでも素敵だと思います。

でも、デリケートな素材の服を着たために、

何かとそこに気を使わなくてはいけないとか、

服が動きづらいために、

友人やうさちゃんのための行動が阻害されては困るのです。

自分をよく見せるとか、オシャレであること優先から、

友人・うさちゃんのための行動優先的なファッションに

順位が変わりました。

行動的になるために、オシャレ度は下がり、

ダサくなっても仕方がありません。

仕方がないというのはネガティブではなく、

前向きな仕方がないという意味の仕方がないです。

優先事項を優先するための仕方がない。

これはポジティヴだと思います。

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ファッションを最優先して楽しんで生きることから、

ファッションは生きる目的ではなく、手段であり、

その服装で何をするかが、一番大事だと気づきました。

ファッションは大事なことをするための手段です。

その目的のために、最適なファッションを選びます。

今、モノを持っておらず、それが当たり前で、

モノへの欲求や執着のなかった、

ダサかった自分を

初めてポジティヴにとらえなおすことができています。

オシャレ最優先になってからは、

黒歴史に過ぎなかったあの頃の自分は、

与えられたものだけでそれ以上を求めず、

与えられたものの中でいかに充実して生きるか、

必死に模索していました。

あの頃の私のことを、ちょっと思い出して、

ミニマル生活を続けていこうと思いました。 

 

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